ステンレス製 工業用刃物とは

工業用刃物で使うステンレス鋼

ステンレス工業用刃物は、様々な工業用途のためにステンレス鋼から作られた特殊な刃物です。ナイフや包丁用のステンレス鋼は、趣味とする人たちによって紹介されることが多いですが、工業用刃物に関する情報はほとんどありません。

そこで今回は、トヨタ自動車やスタートアップで金属部材の調達を13年してきた筆者が経験談を交えながら、工業用刃物用のステンレス鋼について調べましたので紹介と比較を行いたいと思います。最後に、日本の刃物メーカーで現在評価中の新しい刃物用ステンレスを紹介致します。

ステンレス刃の主な特徴

刃物用特殊鋼には、超硬、粉末ハイス、ハイス、ダイス鋼、炭素工具鋼、ステンレス鋼などがあります。刃物用ステンレス鋼は、熱処理(焼入れ・焼戻し)後の焼入れ性からマルテンサイト系ステンレス鋼が使用されています。マルテンサイト系ステンレス鋼の刃物には次のような特徴があり、主に食品加工業界で使用されています。

  • 耐腐食性: ステンレスは、耐腐食性、耐酸化性に優れているため、湿気や化学薬品、その他の腐食性物質にさらされる環境での使用に適しています。
  • 耐久性と強度: ステンレスは、丈夫で強靭な素材であるため、摩耗や損傷(転倒、打痕、破損)しにくく、過酷な切断作業に耐えることができます。
  • 衛生的で清潔: ステンレスは、保護コーティングを施さなくても、洗浄や滅菌が簡単です。ステンレス鋼は化学的に中性であるため、ある切削対象物から別の切削対象物に風味が移ることはありません。食品加工や医療機器製造などの業界では、ステンレス鋼の衛生的な特性を活かしています。
  • メンテナンス性: ステンレスは耐食性と耐久性があるため、研ぎや交換の頻度が少なく、メンテナンス・コストを削減できます。
  • 比較的安価な材料費: 刃物用特殊鋼の中で、ステンレス鋼は炭素工具鋼に次いで低コストです。
  • 硬度:刃物用特殊鋼の中で、ステンレス鋼はそれ程硬くありません。そのため、柔らかい食材などの切断に適しています。

参考:刃物用特殊鋼別 硬さ比較

ステンレスは鋼刃特殊鋼の中で最も柔らかい素材です。参考までに、硬度とその熱処理条件の表が以下の通りとなります。この表からも、鋼種や熱処理条件によっては、ステンレス鋼の硬度はそれ程悪くなく、ダイス鋼を超え、炭素工具鋼に近い硬度にもなることがわかります。

特殊鋼種類硬度 (HRC)熱処理温度 (℃)
超硬90~92不要
粉末ハイス63~66焼入 : 1200℃、焼戻 : 500℃
ハイス64焼入 : 1200℃、焼戻 : 500℃
ダイス鋼55~65焼入 : 1050℃、焼戻 : 200 or 500℃
炭素工具鋼63焼入 : 850℃、焼戻 : 200℃
ステンレス50~60焼入 : 1000℃、焼戻 : 200℃

工業用刃物に使うステンレス鋼の検討ポイント

工業用刃物のステンレス鋼を選択するにあたり、いくつかの検討ポイントがあります。

硬度と靭性

硬度とは、荷重による材料の変形に対する抵抗力のことで、耐摩耗性や切れ味に影響します。硬度は、ロックウェル、ブリネル、ビッカース、ヌープなどの試験方法で測定できます。一方、靭性は変形や破壊を起こさずに繰り返し切削できることで、切れ味の保持力・耐久性に影響します。靭性は、引張試験や衝撃試験で測定することができます。 工業用刃物は数多くの切断を繰り返すため、靭性は日々の操業をする上で重要な要素です。硬度と靭性の関係は、反比例の関係にあることが多いです(金属成分中の炭素の量によって硬度は上がるが靭性は下がるため)。鉄鋼メーカーは、両者の特性をバランスさせるために、特殊なステンレス鋼や表面処理を開発しています。但し、表面処理は「化粧」のようなもので、何度も切削加工を行うと表面処理が剥離することがあるため、食品用途での表面処理は通常受け入れられない点、ご注意下さい。

品質

ステンレス鋼の品質(安定的に加工できる事)は重要な要素の一つです。以下いくつかの材料・仕入先の検討ポイントがございます。

  • 公差管理: 公差は、常に安定した加工を行うための重要な要素です。例えば、厚さ0.6mmといっても、実際の物理的な厚さは0.6mmとは限りません。そのため、0.6mm±0.05mmなどの公差が設定されています。これは熱処理(焼入れ・焼戻し)後の硬度を一定にするために重要なことです。
  • 錆び管理: ステンレス鋼は耐食性に優れ、錆びにくい鋼種ですが、錆は発生します。鋼材の製造という観点から見ると、脱脂処理が不十分であったり、防錆油や防錆紙の塗布が不適切であったり、鋼材の加工と倉庫保管の間の湿度管理が適切でなかったりすると、錆が発生する場合がございます。
  • 焼入焼戻後の硬度の安定性: サンプルで満足のいく硬度が得られても、商業化・量産化した大量のステンレス鋼が同じ硬度にならなければ台無しになってしまいます。硬度が不安定なのは、ステンレス鋼内部の不純物が十分に除去されていなかったり、特定の箇所に塊として残っていたり、炭化物(炭素の小さな粒子)がステンレス鋼内部に均等に小さく分散していない場合に起こります。
  • 欠け: 欠けは、ステンレス鋼から炭化物(炭素の小粒子)が離脱することで発生します。ステンレス鋼には炭素が含まれているため、欠けはどうしても起きてしまうリスクがあります。しかし、炭化物がステンレス鋼の内部で均等に小さく分散していれば、チッピングの規模や危険性は低減できる。

材料費

包丁やナイフなど趣味の世界であれば、好きなだけお金を使っても個々人の自由です。一方、刃物がビジネスの一部であるなら、刃物のコストパフォーマンスも考慮するかと思います。刃物の素材が高価でも寿命が長ければ、1ヶ月や1年単位でみると元が取れるかもしれません。

メンテナンス性

もし刃物の材料費が安くても、2時間ごとに交換する必要があれば、刃物交換に膨大な時間と作業者のコストがかかります。また、工業用刃物は、ある程度の使用後に研ぎ直すことがあります。ステンレス鋼の炭素含有量が少なければ、研ぎやすくなります。このように、材質を検討する際には、メンテナンスのしやすさも考慮すべきポイントの1つです。

工業用刃物 ステンレス鋼種一覧

工業用刃物にはいくつかの異なるステンレス鋼種があります。国際的に認知されているものもあれば、地域で多く使用されているものもあります。

鋼種使用
地域
硬度 (HRC)炭素
成分
クロム
成分
コメント
410/X12Cr13/1.4006All45~0.2%11.5~13.5%耐食性と機械加工性に優れている。
420/X30Cr13/420J2/1.4028All520.3~0.4%12.0~14.0%刃物用として最も一般的な鋼種。入手性(コスト、納期、品質)
と加工性(加工のしやすさ)に優れている。
440AAll540.6~0.8%16.0~18.0%工業用刃物として一般的な鋼種。
440CAll581.0~1.2%16.0~18.0%工業用刃物で人気のあるもう一つの鋼種。
工業用刃物で最も硬いステンレス鋼のひとつ。
1.4034Europe580.5%13.7%プロ向け調理包丁で使用。
1.4122Europe550.4%16.1%耐食性のある刃物用ステンレス
AUS6Japan540.6%13.8%日本では包丁や工業用刃物として流通。
板材として入手可能
AUS8Japan580.8%13.8%日本では包丁や工業用刃物として流通。
板材として入手可能。
AUS10Japan601.0%13.8%プロ向け調理包丁で使用。
VG10Japan601.0%15.0%プロ向け調理包丁で使用。
CB6Japan580.6%13.8%SUS420J2の不満を解消するために新開発
硬度は440Cと同等。
高い硬度による薄刃化・長刃化が可能で、
コストアップを相殺し、食品加工・設計自由度を向上。
440Cより炭素が少ないため、錆びにくく加工しやすい
(効率的に研磨・再研磨が可能)。
また、カーボンが少ないため、刃が欠けるリスクも低減。

まとめ

工業用刃物は消耗品であり、頻繁に交換する必要があるため、エンドユーザーにとって頭痛の種となりがちです。エンドユーザーは切れ味に気を配り、異物混入を避け、作業者の安全を守る必要があります。交換頻度を減らすために、EnserveはCB6のようなユニークなステンレス鋼をお客様の求める仕様(コイル、板材、プレス、焼鈍または焼入れ&焼戻し)でご提案致します。